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NEW暮らしっくガイド イシカワスタイルズ 【石川発、新しくて懐かしいライフスタイルの提案。】
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松井 清造さん

* 椿を日常とする生活
* 松井さんが育てる椿
* 石川県・伝統文化・椿
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* 椿―今後の展望
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新たな椿の美意識への挑戦

アートのスタイル
石川県・伝統文化・椿
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茶文化と椿の関係

―石川県という背景と椿について
「石川県と富山県の県境に倶梨伽羅峠という所があって、そこに日本でもっとも大きい椿の木が2本だけあるんですね。平安時代に倶梨伽羅合戦というのがあって、その戦死者を弔う意味で植えられたのがそれらの木であったと言われています。椿は神様の木なんです。今は神棚に榊を置きますが、昔は椿だったんです。榊もツバキ科の植物ですね」

「歴史上、織田信長や豊臣秀吉の時代になってくると“お茶”が非常に盛んになって来るわけですね。石川県という土地はお茶の文化が発達しておって、そのお茶の席には冬場の花として椿は欠かせないものです。この点は他県の産地と異なる部分でもあります」

「ちなみに中国では椿は“茶”と書きます。椿油を取る椿は“油茶”と言うのですね。そのぐらい関係が深い。ですから石川県のように、お茶の文化に根付いた土壌において、加賀藩の下級武士が畑で栽培して研究をしており、そういった中からこの地の代表的な品種が生まれてきたようなのです。例えば「西王母(せいおうぼ)」、「加賀八朔(かがはっさく)」などが代表的なものです」

「椿は花を楽しむだけではなく、茶杓などの茶道具にも珍重されていたんですね。椿の木は非常に堅く、そういった道具の素材としては最も良いとされているようです。一方で、椿は樹木の中ではもっとも成長が遅い部類に入りますので、ある程度の大きさの樹木となると大変貴重なものです」

―松井さんはなぜ椿の栽培を行うようになったのですか?
「今から30年以上前の事ですが、造園業を営んでおりました父親と一緒に仕事をするようになったのですね。父から『金沢はお茶の盛んな所だし、他と同じ事をやっていては駄目だから、特長として椿に特化した事をやってみてはどうか?』とアドバイスを受けて始めたのがキッカケですね」

「それから日本の椿第一人者と呼ばれる方のところへ修行に行きました。そうしていく中で日本古来の品種についてはある程度完成された印象を持っておりました。そこで私は品質の良い在来種と中国などの外来種を交配させる事でより素晴らしい品種をつくっていこうと考えたんです」

「全国でもこのように新品種の開発に取組んでいる方は数人しかおられないと思います。というのも新品種の開発というのは非常に大変な作業なんですね。新しい交配を行ってから、仮にそれが成功したとしても、花がつくまでに8〜10年かかるんです。本当に気の長い話ですよね(笑)」

「今現在私も600品種ほどの人工交配をしておりますが、その中から良い花がつくのは2〜3位じゃないでしょうか。それぐらい選りすぐられたものでないと駄目なんですね。ですのでこれ自体を生業としてやっていくのはとてもじゃないですが無理だと思います。自分の趣味、ライフワークだと思わないと」

イメージ:椿
茶文化と椿の関係

イメージ:「西王母(せいおうぼ)」
江戸時代末期に加賀藩士によって生み出されたとされる石川県産出の代表的な椿の種「西王母(せいおうぼ)」

松井さん写真


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