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地下 朱美さん

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体と気持ちが喜ぶ太鼓

音楽のスタイル
そこに太鼓がある限りやっていきたい
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地下さん 顔スナップ
【プロフィール】
太鼓グループ「炎太鼓」リーダー
地下 朱美さん
20年近く活動を続ける世界的な太鼓グループ「炎太鼓」の創立以来、只一人現役でありつづけるリーダー地下朱美さん。太鼓奏者のパイオニア。
http://www.asano.jp/hono/index.html


太鼓をたたくと体と気持ちが喜んでいるのがわかるんです

-地下さんにとって太鼓とは?
「太鼓は今となっては空気のような存在ですね。私は元来怠け者で(笑)何か持続してやるということが無かったんですね。これだけ20年近くやっているということはとても密着度がいいということです」

「ほんのしばらく太鼓をたたかない時間があって、次にたたくと体、気持ちが喜んでいるのがわかるんですね。そんな時、『あ〜本当に太鼓が好きなんだな』ということを改めて実感しますね。毎日やっているとそのありがたみがわからない、そういう意味で空気と同じです」

-太鼓のどんな所が好きなんでしょうか?
「私は始めた頃から大太鼓を打っているのですけれど、大太鼓は音が包み込んでくれるんですね。日常ではそんな体験は無いじゃないですか。『ドォォォーン』という打つたびに倍増していく音の渦が日常とは全く違った世界へ連れて行ってくれる、自分を酔わせてくれる」

「元々、音楽が好きなんですが、中でも刺激的な音楽が好きなんです。そんな中でも太鼓の音というのは血が騒ぎます。大昔、言葉も無いような時代では、何かを伝えるために何かをたたくという行為があって、それがいつか、言葉が誕生して伝達するようになったのだと思うんです」
地下さん写真(1)
太鼓の音は魂を揺さぶる不思議な力を持つ


それが私を毎日太鼓を打つ場所に向かわせる

「だからそういったDNAというか、何か懐かしいような、『これが好き』といった感情があるんじゃないかと思うんですね。そういった気持ちが呼び起こされる」

「そういった何か理屈じゃない好きさ加減(笑)それが私を毎日太鼓を打つ場所に向かわせるんです。『打たなきゃって』大げさですけどこうなる運命だったんじゃないかと思っています。こんな私のような怠け者が(笑)」

「太鼓を打っているときは本当に凄いですよっ。『ウォー』って。ここで吼えてやれ!みたいな(笑)」
地下さん写真(2)


最初は正直「えーっ、なんかダサい」って思いましたね(笑)

-太鼓を始める際に、浅野太鼓さんに足を運んだキッカケというのは?
「友達に『ちょっとやってみない?』って誘われたんですよ。軽いノリで。最初は正直『えーっ、なんかダサい』って思いましたね(笑)太鼓って言うのは神社の隅に置いてあるものというくらいの認識でしたね」

「そのときは既に結婚をして子供もいましたし、仕事もしてたんですが、あまり深く考えることも無く『じゃあやってみようか』という感じで始めました。ところが実際に太鼓を打ち始めてみたら『これは!』という感じで、その友達以上にはまってしまいました」

「それで2年間ぐらい福井県の太鼓の教室に通っていたんですが、あるとき浅野太鼓の専務さんから『大太鼓を打ってみたら』と言って頂いて」
地下さん写真(3)
「女性の太鼓というのは腕力がない分、柔軟なしなりで太鼓を打つんです。遠心力ですね。腰から上がバチなんですね」


日本の太鼓を伝えたいという責任感

-その様な経緯で太鼓を打ち始めて、炎太鼓を結成し、山本寛斎さんプロデュースの「ハローロシア」を皮切りに、瞬く間に松任から世界へと進出していくわけですが
「まずは浅野太鼓さんのバックアップがあったこと。そして仲間達が覚悟を持ってそれに取り組んだからじゃないでしょうか。大舞台では演奏の仕方も全く違いましたし、意識の上でも植え付けられるものがあったし」

「ただ事じゃないということ。そこまで行くと『好きだからやっている』という問題じゃないなと思いましたね。もっともっといい作品を作って、もっともっとそういった機会に日本の太鼓を伝えたいという責任感が出てくるんです。好きだけど凄く迫られている感じ」

「私達は急ピッチにそういった場所を与えられたというのがあるんですが、『炎太鼓』という名前が一人歩きしていくんですね。そういう周りからの期待感やキャッチフレーズが付いてきて、『やっぱりここまではやらないといけない』という気持ちになってくる」

「そういったものに、目には見えない鍛え方をされたというのがありますね。人と接する時の対応だとか、礼儀作法、食事のマナー、歩き方とかあらゆる面から判断されるようになる。見られている。まあ、それでも私はあくまで自然体でいたいとは思っていました。飾らずにね」
イベントの様子
太鼓を打つ奏者としてだけではなく、舞台全体を統括する“現場監督”のような存在でもある

地下さん写真(4)


その人独自の雰囲気みたいなモノが出たらいい

-太鼓奏者として、どんなことを伝えていきたいと思いますか? 「私は『炎太鼓』の一員ではあるけれども、『地下朱美』というオンリーワンでありたいんです。それぞれ一人一人がオンリーワンであるべきではないかと。個人を見せていきたい。そういうものをつくりあげてきたつもりです。その延長として『炎太鼓』を好きになってもらいたい」

「この音は誰それだとか、名前がわかる、あの人だと言うような存在感が無いと駄目だと思います。例えば祭りがあって、その音を家で聞いとって、『あ、孫べえの太鼓や!』そんなようなもんじゃないですかね、太鼓って」

「女性の奏者として見て頂きたいのは、しなやかさであったり、曲線美であったりというのはあります。後は舞台人というのはある程度“色気”が無いと駄目ですね。いやらしい意味ではなくて、人としての色気というのは大事ですね。男の色気、女の色気、その人独自の雰囲気みたいなモノが出たらいいな」

「一方で、今はそういった部分だけではなくて、やはり後継者を育てたいと思うようになってきました。私もいつまでやれるかわからないということもありますし。私がやってきたことを伝えていかなくてはいけない。そういった意味では段々と気持ちも変化しています」

「『炎太鼓はなんかいいな』って思われたいですね。『なんかやってくれるぞ』って。『わ−っ』とした心のマグマみたいなものが出せる人を作りたいですよね。そういった表現ということが乏しくなってきているじゃないですか。最近は。なんか『原始に戻れ!』みたいな。『月に向かって吼えろ』とか(笑)何か毛が生えてきそうな(笑)原始的でありながら美しい、みたいなのがいいじゃないですか!原始的だけだと野暮ですけど」
練習の様子
地下さんの「打」に響くように周りが盛り上がっていく。練習においても真剣勝負だ


どういう風にこだわったかなんです

「太鼓の名人と言われてきた方の太鼓を見るのが好きなんです。最近の若い人のよりもね。『あ〜いいな〜』って。行き着くところはその人がどういう打ち方でバランスが取れているかなんですね」

「間の取り方、バチを打って返すときの絶妙なバランス。それは何回も繰り返し打って自然に出来た振りでなければそうはならない。最初に振りがあるのではないのですね」

「同じことを何回も繰り返して練習してきたんです。『ここの音はこうだな』とか、打ちながらにして出来上がってくる。これが理想ですね。太鼓は言葉ですから。切なさや喜び、そういうものが浮かんでくるのっていいですよね」

「太鼓は如何にして集中するかです。本気でそこに取り組んで、情景を浮かび上がらせる。海なら海の情景が浮かんでこないと駄目ですね。曲はこだわりをどのくらいもてるかでバランスが良くなっていく。だから何年やったかじゃないんですね。どういう風にこだわったかなんです」

「あとは、私たちは元気を与える仕事だと思うんですね。演奏を聞いて頂いた方から『あー、最近しょげとったんやけど、これで元気にやっていけそうやわ』というような言葉を頂戴することが良くありました。私たちは元気を売っているんだと思いましたね」
地下さん写真(5)


そうやって自分が好きなことをやることがいい

-普段の生活で気をつけていることは?
「自然体であるということにはこだわっていますね。花壇の世話をして心を落ち着かせるとか。酸素を一杯吸って呼吸をするとか(笑)そういう時は一旦太鼓から離れて、気を落ち着かせる」

「そうすることで枠が広がる気がするんですね。ぼわーんとした気持ちでマンガを読むとか(笑)太鼓は好きですけれど、家には持ち込まないですね。おかずを買いに行ったり」

「最近では踊りを習っています。日本舞踊を。そういう完成された動きが、自分に備わっていくというのはいいのではないかと。踊り自体が好きですしね。先生の動きを見ていると『ハァーッ』って声が出てしまいますね。本当にバランスが凄い」

「そうやって自分が好きなことをやることがいいのではないでしょうか。太鼓は本当に気力、体力を使うので、あまり追いやってばかりいると自分を見失いそうで。もちろん太鼓は好きですけどね」



行動がそこに結びついていく

-今後の夢、展望は?
「私はずっと現役でいたいと思ってます。体力的には本当に辛いですよ。体は軋んだり、あちこち痛んだりしますけど、そんな代償を払ってでも、自分を破壊してでも、そこに太鼓がある限りやっていきたいなと思います」

「そうでないと人に教える醍醐味も伝わりませんよね。自分がやっているからこそ、教わる人は納得するんじゃないでしょうか。現役から退けば自分の感覚はなくなっていくと思いますし。だから今は自分で演奏することと、教えていくことを並行してやっていきたいなと思いますね」

「まあ私はあまり夢を持ったりすると言うよりは、一つ一つクリアしていったら夢に辿り着いていたと言うような、行動が先に来る方ですから(笑)あまり先のことは考えたことは無いかも知れない(笑) 」

「後は太鼓を見る人、打つ人がもっと増えたらいいなと。実際、太鼓に興味を持っている人はいかんせん、少ないですよね。せっかく北陸にこんな世界的な太鼓の場(浅野太鼓)があるわけですから」

「せめてこの地の周りだけでも、太鼓が好きな人が一杯増えたらいいですね。『太鼓やるぞ!』っていったら、周りが『行くぞ!』って言う感じにね。特に若い人たちは無関心ですね。だから私はもっと若い人たちに興味を持ってもらえるようにしなくちゃいけないのかもしれない。ソーラン節のようにね。そういう地固めの1つが『それ竹節』だったりするわけですけど」

-伝統芸能に携わるものとして思うことはありますか?
「大それたことは思っていないけれど、自分がこうやって行動しているということが伝統をつくっていくと言うことに繋がっているのではないかと思います。私の場合は目的が先に来ていませんので。行動がそこに結びついていく。『やっぱりそうなんだなって』」
イメージ:太鼓奏者
地下さんが教える子供たちの中から次代の太鼓奏者が生まれるかもしれない

地下さん写真(6)

地下さんの石川つながり―石川県金沢市生まれ―「炎太鼓」リーダーとして石川県松任市から世界へ


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