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前古 孝人さん

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前古孝人さんを楽しむ
輪島ジギングバトル

釣り人の記憶を漆の中に封じ込める

釣のスタイル
絵でも写真でも魚拓でもない表現
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前古さん顔スナップ*
【プロフィール】
輪島塗 沈金師 前古 孝人さん
「沈金」へのこだわりと釣りに対する愛着が導いた“輪島塗魚拓パネル”という新たな一歩。釣り人の記憶を漆の中に封じ込める、魚の表現手法のパイオニア


前古さん写真_01


魚拓パネルを沈金で作ってくれんかと

釣りをする人にとって、釣った魚というのは特別な思い出を刻む場合がある。それが大きかったり、初めての体験であったりすればそれはなおさらだ。伝統工芸が釣り人達のそんな気持ちを捕らえ始めている。輪島塗の産地としても有名な石川県輪島市。そこで「輪島ジギングバトル」という釣り大会を通して新たな動きが生まれた。

「現在、ジギングバトル(ルアーを使用する釣りの大会)が4回目なんですけども。大会の主催者が優勝者に輪島らしい記念品を贈呈したいということで輪島塗の"魚拓"風のパネルを作る話が出たんです。それで一番最初は蒔絵でそのパネルを作ったらしいんです。その次の大会でその魚拓パネルを沈金で作ってくれんかという依頼があったんです」

「私らとか漆屋さんというのは頭の中に輪島塗の沈金で彫った鯛というイメージはあるんです。もう何十年もそういう仕事しとるんで。輪島の沈金で魚彫ったらこんな感じになるだろというイメージはあるんですね。だけれども私にすると魚拓風って言われたもんで、どうせならよりリアルにより忠実にうろこの形から数までとかできればいいだろうなと」

「写真に撮ったものそのままパネルに写してくれって言われればそれは可能です。今こんな時代ですし。でもそれじゃあ写真の方がいいだろと。けども魚拓風の沈金パネルにしたい、漆のパネルにしたいっていうことは、それなりに漆の良さも出さないかんだろうと思ったんです」
輪島ジギングバトルスタッフの皆さん写真
大会の優勝者には後日、釣った魚の実物大の輪島塗魚拓パネルが贈られる(写真はスタッフの皆さん) 魚拓パネル


写真に負けないような感じにしたいと

「写真に撮ったものと魚拓にとったものとっつうのは明らかに違うんですよね。魚拓にとると言うことは曲面をそのまま写しとるんで、ぺっと伸ばせば当然大きくなるでしょ。写真はそのまんまの寸法で出るし。それじゃ面白くないだろうということで。なんとかその立体感も出したい、と。だから写真に負けないような感じにしたいと。絵でもない写真でもない魚拓でもない。いままでには絶対ないものですもんね。もらう人にするとすごい価値はあるだろうなと」

「一応見本彫って出したときに審査があって、どうやった?って聞いたら『あなたの彫ったのが一番鯛らしく見えとったわ』といわれたときに『ああ、よかったんやな』と思って」


そんな時間も“釣り”といえば“釣り”


「『釣り行きたいな』と思っても時化とかで行けんことも良くあります。そんな時に釣り好きが道具を触ったりするような感覚で、私自身はこれを作ることで釣りへの思いを馳せるちゅうか。貰った人は自分の思い出に浸ったりする、そんな時間も"釣り"と言えば"釣り"なんじゃないでしょうかね」
魚拓パネル_02


『欲しい』という声が聞けるようになった

「この魚拓パネルをやるようになってから、塗り物に全然興味ないような人からも反響があったりするのは嬉しいですよね。特に『欲しい』という声が以前に比べて聞けるようになったというのが大きいかなあ」

「輪島塗というとお重とか屠蘇(とそ)器とか言うイメージがあると思う。魚拓パネルを作るようになってからは自分の家で飼っている犬の写真を持ってきて『これを輪島塗のパネルにして下さい』というお客さんもでてきたんです」
前古さん写真_02


やっぱり魚を釣っている人には分かる

「何枚も作って、いろいろ勉強させられまして。最初の頃に30センチの鯛を拡大コピーしてパネルを作って、60センチの鯛やって漁師さんに見せたら『これは60センチの鯛じゃない。これはちっちゃい鯛やろ』って。なんで分かるのかな?と思いました。やっぱり魚釣っとる人には分かるらしいですね。ちっちゃいサイズをおっきくしてもだめなんです」

「私は60センチの鯛は見たことあっても、そういう目では見たことなかったんです。目のバランスとか位置とか。膨らみ具合とか。大きくなればなるだけ形とか表情とかそれ見て分かるっていうこと。カレイやヒラメなんて釣った場所によって全然柄が違ったりするでしょ。石鯛とかでもそんなに大きくないのに縞が消えとったりしたこともあったし。ほんとに色々あるんです」
畑中さん写真
過去の大会の入賞者-輪島市内の畑中さん
「釣りする者にとって、人に見せれるもんがあるということ、そしてこうやって輪島のPRになるものがあるのは素直に嬉しい」と語る


見えんところに力を注いでいる

「まあ、現実に近いというよりもある程度自分で誇張するとこ誇張して。魚らしく見えるというのは、100%おんなじでなくてもいいと思うんやね。どっかある部分『ここが黒鯛らしい』という所があるんやと思う。自分自身はっきりは言えないけども、自分の作るモノにはどっかそんなところがあるんやと思う」

「鱗とかを1枚1枚描いとる訳やけども、それは実際にはそんなに見えん様になってしまう部分なんです。それでもその見えんところに力を注いでいることが1つのこだわりだし、人に伝わる部分やと思う」
沈金ノミの技術
沈金師は沈金ノミの技術によって様々な表現を生み出す


子供らというのはホントに面白い

-前古さんは輪島市立河井小学校で子供たちに沈金を教えています。この小学校では毎年卒業制作として全員で沈金のパネルを作っており、それがなんと20年間続いているのです。

「今では輪島といえども、漆っていうのを知らない子供がものすごく多いんですよ。じいちゃんとかおとうさんとか家族で漆さわっとる家庭の方がかえって少ないです。私の家みたいにこうやって常に漆がある家庭におる子供らはそういうもんやと思うけど、他所の子は違うでしょ。お父さん、お母さんが会社員やとか、公務員やとか、どっか勤めとるとか。漆をぜんぜん見たことないとか。でも不思議なんは、卒業制作で漆触らしてかぶれて大変やったって子は今までいない(笑)先生らはえらい事になったりしてるけれども(笑)」

「もちろん輪島塗のこれからを考えると子供たちに教えていくことも重要なんです。仕事との両立という意味では厳しい面もあるけれども、それをやるのはそれだけ得るものも大きいちゅうことなんです。子供にモノを教えるというのはホントに面白い。大人にはあんまり教えたいとは思わんけども(笑)、子供には教えたいと思う。子供の発想というのはほんとに面白くて、とりあえずやってみるというか、思いもよらんことをやってくれるんで。沈金もこんなやり方でやれたら面白いなと思うことがある。子供は仕事の段取りとか手間とかを考えんのです。損得を考えないから。そんな制約が無いところで生きとる子供らというのはほんとに面白い」
卒業制作の沈金パネル
2003年は能登空港開設の年でもある。それが子供たちの思いにつながった

卒業制作の沈金パネル_02
この卒業制作が始められた頃は黒地に金一色であった。20年間の間に色使いも変れば、子供たちの顔の描き方も変る


蒔絵とは全く逆なんです

-沈金と蒔絵の違いというのは?

「蒔絵と沈金の何が違うかというと、まったく逆ですよね。漆の上に重ねるのと漆を彫り込むのと。だからある程度の厚み、下地とかがしっかりしてないと彫れないっていうのが輪島塗の沈金。だからプラスチックとかに彫ろうと思っても彫れませんし。やっぱ漆の面じゃないと。ですから木の上に、きせものという布を着せて、下地を最低でも3回。それから中塗り入れて、上塗り入れますから最低でも5層か6層になっとるんですね。そこを彫っていくわけです」

「沈金はそれするには彫り込まなきゃいけないんですね。だから蒔絵はプラスプラスプラスなんです。ですけど、沈金は漆の面からマイナスマイナスマイナスなんです。彫り込んで彫り込んで彫り込んでいかなくちゃいけない。」

「タイルの目地があるでしょ。白い目地。あの感覚です。ようするに普通のタイルの面よりも下がってるじゃないですか。あそこに金とか色が入る。傷つけたところに色が入るみたいな。エッチングみたいな感じ。銅版の傷ついたとこにインクが残るでしょ、それを紙で押さえると、そこの紙にインクがつくという。それのインクのついた状態みたいな感じ。紙に写さないで銅版に傷つけたところに黒いインクが入ってる感じ。だから蒔絵とまったく逆なんですね」

沈金は輪島にしかない

「ホントに繊細な線、細い線っていうのは蒔絵の筆で描く線よりも沈金の“ノミ”で彫った線の方が細くて綺麗な線が出るんですよ。うろこ一枚一枚を精密に描こうと思えば描けますし。毛一本一本でも描こうと思えば描けるんですよね。沈金なら細い細い線で。一ミリの中に5本も6本も入れようと思ったら入れられるんですよ。沈金っていうのは輪島にしかないものですし、蒔絵っていうのはいろいろな所であるでしょ。金沢でもあるし、京都でもあるし。沈金というのは輪島にしかないんです」
作品を制作する様子

沈金パネル


実用で使われる部分で

-今後どのようなことをやっていきたいとお考えですか?

「今後は釣りの“浮き”とか実用で使われる部分でももっと輪島塗の良さ、化学塗料では出せない良さを伝えていきたいというのはある。飾っておくものではないもの。釣り道具なんていうのは飾っておくものではないしね。しかも漆塗りと言うだけではなく、『輪島塗』と呼べるモノを作りたい。ここ何年かは自作の“浮き”しか使ってない。釣る魚によって色々変えてみたりとかして。パネルとしては立体物への挑戦とかもあるかもしれないし」
前古さん写真_03

輪島塗って?

沈金って?

前古さんの石川つながり―石川県輪島市生まれ―中学生のときより沈金師を目指し現在にいたる


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